大判例

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鹿児島地方裁判所 昭和58年(ワ)509号 判決

原告

久留義藏

ほか一名

被告

西田泰三

ほか一名

主文

一  被告西田泰三は

1  原告久留義藏に対し金六七七万九八二九円及び内金五九七万九八二九円に対する昭和五七年九月六日から、内金八〇万円に対する昭和五八年九月一〇日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告久留公一に対し金五九七万九八二九円及びこれに対する昭和五七年九月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告西田泰三に対するその余の請求並びに被告西田政徳に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告西田泰三との間に生じた分はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告西田泰三の負担とし、原告らと被告西田政徳との間に生じた分は原告らの負担とする。

四  この判決の一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告らは各自

(一) 原告久留義藏に対して金一七九〇万六二七八円及び内金一六四〇万六二七七円に対する昭和五七年九月六日から、残金一五〇万円に対する本訴状送達の翌日(昭和五八年九月一〇日)から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 原告久留公一に対して金一六四〇万六二七七円及びこれに対する昭和五七年九月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求は棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二主張

一  請求の原因

1  事故の状況

被告西田泰三(以下「被告泰三」という。)は、昭和五七年九月二日午後五時三二分ころ、普通乗用自動車を運転し、鹿児島市中央町一八番地の一先道路を高見橋方向から郡元町方向に向い進行中、公安委員会指定の最高速度(毎時四〇キロメートル)を遵守せず且つ交通状況に応じ適宜速度を調節するとともに急激なハンドル操作を避けて安全な速度と方法で運転すべき業務上の注意義務を怠り、時速約八〇キロメートルの高速度で進行し、先行車を左側から追い越そうとして左に寄りすぎ、道路左側のガードレールに衝突する危険を感じて右に急転把した過失により自車を反対車線に逸走させ、対向車との衝突を避けようとして左に急転把して自車を道路左側の歩道上バス停留所に暴走させて、同所にバス待ちのため佇立していた久留テル子(当五六年)(以下「テル子」という。)に自車を衝突させ右テル子に両側骨盤骨折、内臓出血並びに腸管破裂、後腹膜腟出血、脾臓破裂の重篤の傷害を負わせ、同月六日午前一時二五分頃、同市西千石町二番二〇号宇野病院において死亡するに至らせた(以下「本件事故」という。)。

2  被告らの責任原因

(一) 右1のとおり、本件事故は被告泰三の過失にもとづくものである。

(二) 被告西田政徳(以下「被告政徳」という。)の責任

(1) 被告政徳は、昭和五七年九月七日(テル子の通夜の時)、原告らに対して、被告泰三とともに損害賠償責任を負う旨約束した。

(2) 仮に右約束が認められない場合

(イ) 被告泰三の行為は過失というよりは未必の故意というべき無謀なものであつて、被告泰三をしてかかる無謀な行為をとらしめた原因は同被告自身の責任よりもその育つた環境に負うところが大きい。被告泰三の父母は一九歳になりいまだ独立も出来ない同被告に高額の乗用車を買うことを許容し、専らその意を迎えることに努めていた。このような少年は当然家庭内では父母を甘くみる素質を持つようになり、ひいては社会においてその規律を無視する自己中心的な性格に発展し、自己の満足のためには他人の迷惑を無視して自動車を暴走させ、スピードと爆音に自己満足を憶えるようになつた。

(ロ) 被告泰三は、暴走族に加入していないとはいえ、暴走族組織「代官所」のメンバーや準構成員と親密な交友関係を持ち、改造車を乗りまわして暴走族と何ら変りない行動をとり本件事故までにもスピード違反をはじめ多くの道路交通法違反行為を繰り返していた。

被告政徳は被告泰三の右諸行為を知りながら、これに注意を与え阻止するのではなく、被告泰三の意をむかえるため若年の被告泰三に三〇〇万円もの高級車を買い与えている。

(ハ) 自動車運転者にすすめて飲酒させた者は、飲酒運転に基づく事故につき共同不法行為者として損害賠償責任を負うというのが判例である。

被告政徳は、違法な暴走行為を繰り返している息子にそれと知りつつ、高級車を買い与えて息子の暴走行為の勢いを助けている。

そこで、右判例の趣旨を敷衍して考えるに、本件事故は被告政徳の右助勢行為を一つの要素として発生したものであるから、被告政徳は共同不法行為者として損害賠償責任をまぬがれないというべきである。

3  損害

(一) 逸失利益

(1) テル子は、一家の支柱として、保団連鹿児島県研究会に勤務するかたわら有限会社朝市文具店の経理の仕事をしてきた。

保団連月収一二万円 賞与年二四万円 文具店年三六万円

(1,680,000円+360,000円)×7.945(新ホフマン係数)×(1-0.35)=10,535,070円

(2) テル子には老齢福祉年金が支給されていた。

その年額金八九万七九〇〇円

897,900円×15.045(新ホフマン係数)=13,508,905円

以上小計金二四〇四万三九七五円

(二) 家事手伝パート雇料

原告らは一家の主柱でもあり主婦でもあるテル子をなくし原告久留義藏(以下「原告義藏」という。)は政党責任者、原告久留公一(以下「原告公一」という。)は高校三年生で大学受験をひかえて忙がしく家事ができないので、一日平均四時間(この賃金二〇〇〇円)家事手伝婦を雇傭せざるを得ない。月平均二五日間、今後原告公一が大学を卒業する予定の昭和六三年三月三一日まで家事手伝を必要としているので事故後約五年間分(昭和五二年九月五日まで)この費用を被告らの負担としたい。

(2,000円×25日)×12月×4.3643(新ホフマン係数)=2,618,580円

(三) 葬儀費用

葬儀費用の内金九〇万円を被告らの負担としたい。

(四) 墓石料

不慮の事故で新たな墓地・墓石を必要とした。その実費用金三二五万円を被告らの負担としたい。

(五) 慰藉料

(1) 本件は被告泰三の単なる過失ではなく請求原因1項に述べたとおり、重過失ないし未必の故意ともいうべきものである。

本件事故後、テル子は四日間生存し、この間三回の手術を受けたが、その苦しみの中で加害者の賠償責任を強く求めていた。

原告らが母であり、妻であり一家の主柱であつたテル子の突然の死に大きな精神的打撃を受けたことはいうまでもない。

原告義藏は日本共産党鹿児島県委員会委員長、中央委員の要職にあり、多忙をきわめた毎日であるが、妻の死による打撃と現実に妻がはたしていた家庭内での仕事の肩がわり等で、公務も十分にはたせない苦痛を受けた。

特に原告義藏は昭和五六年五月に胃癌の手術を受け体力も十分に回復していない時点でもあり、本件の打撃のため昭和五八年七月から八月にかけ入院を余儀なくされた。

また原告公一は高校三年生で大学受験の勉強中で成績もよかつたが、本件による精神的打撃のため勉強も手につかず成績も落ち、大事な受験期をひかえて、当人の将来にも影響を与える大きな被害を受けた。

これに加えるにテル子の父小西清良は九〇歳の高齢ではあつたが、まだ矍鑠としていたが娘テル子の突然の死による打撃でその日から寝込み、このためとうとう昭和五八年二月九日死亡した。原告らはこのことによつてもまた大きな精神的打撃を被つた。

以上の事情を考慮する時、通常の裁判例で認められている慰藉料よりさらに数割の増額が妥当であると考えるので、金二〇〇〇万円を請求したい(原告ら各金一〇〇〇万円宛)。

(2) 本件は即死ではなく、骨盤骨折、内臓破裂という重傷でその間三回も手術を受け、四日間文字どおり死の苦しみを味わいつくしたのである。この苦痛に対する慰藉料は右死亡の慰藉料に包摂されるものではなく、別に傷害の慰藉料として考慮すべきものである。この慰藉料として金二〇〇万円(原告ら各金一〇〇万円宛)を請求したい。

(六) 弁護料

原告義藏は訴訟維持のため弁護士を依頼せざるを得なかつた。原告らは弁護士とその報酬規程所定の報酬支払契約を結び弁護料の支払約束をしているのでその内金一五〇万円を被告らの負担としたい。

(七) 補填された損害

金二〇〇〇万円(自賠〔強制〕保険より)

以上差引合計金三四三一万二五五五円

4  よつて原告らは被告らに対し、請求の趣旨記載の金額と内金三二八一万二五五五円に対するテル子死亡の日より、残金一五〇万円につき本訴状送達の日の翌日(昭和五八年九月一〇日)から完済まで民事法定利率年五分の割合による損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1は認める。

2  同2(一)は認める。

同項(二)(1)は否認する。

同(二)(2)(イ)ないし(ハ)につき、事実の主張は否認し、被告政徳に損害賠償責任が存するという主張は争う。

3  同3につき、(一)ないし(六)の損害額の主張は争い、(五)(1)及び(2)は不知、(七)は認める。

第三証拠

本件記録中証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  事故の状況

請求の原因1は当事者間に争いがない。

二  責任原因

1  請求の原因2(一)は当事者間に争いがないので、被告泰三は、民法七〇九条にもとづき、本件事故によつてテル子らの被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

2  同(二)について

(一)  原告義藏本人尋問の結果中には請求の原因2(二)(1)に符合する部分が存するところ、被告政徳本人尋問の結果と対比すれば、右原告本人の供述部分は直ちに採用し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(二)  成立に争いのない甲第一号証の二五ないし二七、二九ないし三一、三七によれば、被告泰三は暴走族組織「代官所」のメンバーや準構成員と親密な交友関係を持ち、改造車を乗りまわして暴走族と何ら変わりない行動をとり、また本件事故までにもスピード違反をはじめ数件の道路交通法違反行為を繰り返していたことを認めることができる。しかしながら、被告政徳が被告泰三の右行為を知りつつ本件加害車両を買い与えて同被告の暴走行為の勢いを助けていたことについてはこれを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、その余の点を判断するまでもなく、請求原因2(二)(2)の主張についてはこれを採用することができない。

(三)  よつて、原告らの被告政徳に対する請求は理由はない。

三  損害

1  逸失利益

成立に争いのない甲第一号証の一五、第九ないし第一一号証、原告義藏本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第三ないし第八号証並びに同本人尋問の結果によれば、テル子は大正一五年九月一日生れの女性であり、夫である原告義藏及び長男である原告公一とともに生活していたこと、同女は本件事故当時、請求の原因3(一)(1)のとおりの仕事に従事し、同主張のとおりの収入を得るとともに、同(2)のとおり年金を支給されていたこと、原告義藏は政党役員としての収入及び厚生年金の支給を受けていたこと、原告らの家計は主としてテル子の収入に依拠することが強かつたこと、年金については併給禁止の制度がとられており、かつテル子の死後、原告義藏は厚生年金の支給を受けることを選択したため、テル子死亡による遺族年金は支給されないこととなつたことを認めることができる。

そして、前記認定の諸事情のもとでは、テル子は死亡時から六七歳までの一〇年間就労可能で、かつその間は右勤務による給与と年金を得、そのうち四〇パーセントを生活費として要すること、テル子はその後一五年生存し、その間は前記年金の支給を受け、そのうち七〇パーセントを生活費として要すると解するのが相当であるから、これにしたがつてテル子の逸失利益を算定すると、左のとおり金一六一五万九六五九円となる。

(2,040,000円+897,900円)×(1-0.4)×7.945=14,004,969円

897,900円×(1-0.7)×(15.944-7.945)=2,154,690円

14,004,969円+2,154,690円=16,159,659円

(ただし、2,040,000円は年間給与、897,900円は年金、7.945は10年に、15.944は25年にそれぞれ対応するホフマン係数)

原告義藏本人尋問の結果によれば、原告らはテル子の相続人として各二分の一宛同人の権利を承継取得したことが認められるから、右逸失利益について各二分の一の権利を取得したこととなる。

2  家事手伝パート雇料

原告義藏本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第一七号証並びに同本人尋問の結果によれば、テル子死亡後、原告らは家事手伝のためパートを雇用していることが認められるが、その性質にかんがみ、右費用は本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることができない。

3  葬儀費用及び墓石料

原告義藏本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第一二ないし第一五号証並びに同本人尋問の結果によれば、原告らはテル子の葬儀費用として合計金七六万一〇〇円要したこと、テル子のため新たに墓地、墓石を購入し、そのため合計金三二五万円を要したことが認められるところ、テル子の年齢、社会的地位等にかんがみれば、右葬儀費用及び墓石料のうち金八〇万円(原告らにつき各金四〇万円)をもつて本件事故と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。

4  慰藉料

本件事故の態様、結果、テル子の受傷の部位、死亡に至るまでの経過等諸般の事情を考慮すれば、テル子の死亡にともなう慰藉料としては金一五〇〇万円(原告らの相続分としては各金七五〇万円)をもつて相当と認める。

なお、原告らは、本件事故後死亡までの間のテル子の傷害による慰藉料をも別途請求するが、右死亡までの期間等からして、右原告ら主張にかかる部分は前記認定にかかるテル子の死亡にともなう慰藉料算定の一要素として斟酌するのが相当であるから、独立の損害としては認定しない。

四  損害の填補

請求の原因3(七)は当事者間に争いがないので、原告らにつき各二分の一をその損害額から控除するのが相当である。

五  弁護士費用

本件事案の内容、本訴請求額及び認容額等に照らすと、原告義藏に対する弁護士費用としては金八〇万円をもつて相当と認める。

六  結論

よつて、原告らの本訴請求は被告泰三に対し原告義藏において右三1、3、4の合計金員(ただし二分の一)から同四の二分の一を控除した金員に同五を加えた金六七七万九八二九円及び同五(弁護士費用)を除く金五九七万九八二九円に対するテル子死亡の日(昭和五七年九月六日)から、同五の金八〇万円に対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五八年九月一〇日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告公一に対し右三1、3、4の合計金員(ただし二分の一)から同四の二分の一を控除した金五九七万九八二九円及びこれに対するテル子死亡の日(昭和五七年九月六日)から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告らの被告泰三に対するその余の請求並びに被告政徳に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 神吉正則)

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